湘南ロードライン

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湘南電車の歴史

国鉄電車の塗装として、オレンジと緑の「湘南色」が全国的に流行りましたが、近年では廃車や新塗装への塗り替えが進み、残り僅かとなってきました。今回は湘南電車の特集です。


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80系電車(1950~1977)
1950年に東海道線で運転を開始した80系電車が湘南色の始まりで、当時の茶色一色の旧形車両が多数を占めていた中では異彩を放ち、注目されました。当初は東海道線の湘南地区を中心に運転された事から、この派手な電車を人々は「湘南電車」と呼ぶようになり、湘南電車と言えばこの80系でした。しかし、後年には関東だけでなく関西や中国地方など、本州を縦断する形で配置されたため、もはや湘南の電車とは言えない気がします。
各駅に停まる普通列車のほか、当時の特急と同じ所要時間で運転する準急列車(別料金)でも使用されました。ただ、機関車牽引の客車と比べると依然として居住性に劣るため、東京~大阪のような長距離列車ではあまり用いられませんでした。1977年に東京口での運転を終了したあとは、一部が飯田線に転属して細々と運用されてましたが、これも1983年に引退して国鉄線から全廃されました。
このオレンジと緑の配色の由来は色々な説があり、「沿線(主に静岡)の名物みかんと緑茶にちなんだもの」という説明がJR公式からされていますが、一方で80系の塗装を決める際にアメリカのグレートノーザン鉄道を参考にしたとも言われています。


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153系電車(1958~1981)
載せられる写真がwikiになかったので鉄道模型で代用。1958年11月に、80系で運転されていた準急「東海」「比叡」と、東京から伊豆方面に行く「湘南準急」を引き継ぐ形で登場しました。80系と同じく、普通列車としても優等列車(別料金)としても使用できる車両として開発され、東海道線の幅広い運用を担いました。普通列車の運用もある一方、居住性の面では従来の客車を上回ったことから、ついに東京~大阪の長距離に(機関車付きの客車ではなく)電車として本格的に運転される事になり、急行「なにわ」「せっつ」として東京~大阪の運用を担いました。さらに1962年には、東京~広島に急行「宮島」が設定され、電車急行としては最長の894.8kmを記録しました。
しかし、1964年に東海道新幹線が開業すると、在来線の長距離列車は大幅に削減され、以後は地域密着型の短距離運転が中心になりました。関西地区では乗車券のみで乗れる「新快速」が1970年から設定され、この153系が担ったため、153系=新快速というイメージを持つ人もいるようです。関東地区では113系とともに普通列車のほか、踊り子の前進である急行「伊豆」等も担いましたが、踊り子用の新車185系や、普通用に追加で導入された113系によって次第に置き換えられ、1981年に東京口の運転は終了し、1982年には西日本からも引退して全廃しました。80系のように地方へ転属される事はなかったため、国鉄線からは80系よりも1年早く全廃しました。



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165系電車(1963~1996)
外見は153系と瓜二つで、構造や車内設備もほぼ同じですが、新開発の高出力モーターを搭載した車両としてこの165系が開発されました。東海道線では153系を補完する形で運用されてましたが、1982年に153系が引退するに当たり、元々は153系と共同運行だった急行「東海」と「大垣夜行(ムーンライトながらの前身)」を165系に一本化する形で引き継ぎました。車両数自体はそんなに多くなかったため、東海道線ではあまり目立たない存在でした。東京口の定期列車としては1996年に引退したものの、その後も臨時列車で運転されたようで、私としては1999年に修学旅行の貸切列車として乗ったのが、最初で最後の165系乗車になりました。2003年に全廃。



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113系電車(1963~2006)
活躍期間を見てもわかる通り、東海道線の普通列車として長年に渡って運用された主力車両です。登場こそ1963年であるものの、長期間に渡って大量に製造され、1982年の153系引退に際してもこの113系が新車として追加導入されたため、2000年代に入っても大量に残っている状態でした。
普通列車に特化した設計のため、片側3ドアという混雑に対応した仕様になっていますが、一応は優等列車での運用も考慮したのか、車内に座席番号が表示されています。そして、稀にですが「大垣夜行(ムーンライトながらの前身)」の増便で165系が足りないとき、この113系が運用に入って東京から大垣まで行った事もあったそうです。(元々、大垣夜行で使用してきた153系を113系で取り替えたために起きた現象)
JR初期は東京発、浜松行の普通運用もあったようですが、徐々に短縮され、地域ごとに発着地点を設定するようになったため、18きっぱーなど長距離の移動では頻繁な乗り換えを強いられるようになりました。
2006年に東京口から引退するに当たっては、「湘南電車の引退」と報道され、JR東日本も「さよなら湘南電車」という観光パンフレットを作成するなど、この113系を80系から続く「湘南電車」として呼称する風潮がありました。
湘南地区からはもう引退してますが、湘南色の113系自体は本州全土に配置されたため、現在でも群馬県の高崎地区や、西日本の京都地区、岡山地区でこのカラーリングの113系(と115系)が走っています。



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ちなみに、113系の後継車両である211系は、銀色車体に湘南色の帯を巻いている事から、これを「湘南電車」と呼ぶこともできますが、やはり一般人の間では、湘南電車と言ったら上記のように車体全体をオレンジと緑で塗装した電車という認識になっていると思うので、211系をはじめ現行のE231系やE233系を湘南電車と呼ぶのは無理があるかもしれません。
一部の関係者やマニアがいくらそう呼称しても、一般人に浸透しなきゃ意味がないですからね。
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